近年、DTMが普及するにしたがって、モニターヘッドホンは欠かせないアイテムとなりつつあります。
スピーカーは室内音響特性の影響を考慮しなければいけません。居住環境が限られる多くの人にとってニアフィールドタイプしか使えませんし、厳密にセッティングするのも面倒です。スピーカーセッティング用のソフトウェアは決して廉価ではなく、マイクによる測定が必要です。またスピーカーは周囲の環境によっては大音量で使えません。
したがって、入門者がスピーカーでDTMというのはあまり現実的ではありません。高品質なスピーカーを買っても性能を活かすこともできないでしょう。たとえば一般的なDTMerが10万円以上するモニタースピーカーを買っても多くの場合、無駄になるだけです。
- スピーカーは室内音響特性の考慮が必要
- スピーカーは環境によって大音量にできない(集合住宅など)
- スピーカーはセッティングが必要
ヘッドホンであれば室内音響特性は関係ないので、セッティングは不要。耳さえあれば高品質のものを問題なく使えます。したがって、DTMで音響機器にお金をかける優先順位としては全体的な作品の出来に関わるオーディオインターフェースとDAWの次くらいに、ヘッドホンが優先事項として挙げられるでしょう。
- ヘッドホンは室内音響特性の影響を受けない
- ヘッドホンはスピーカーより周囲を気にする必要がない
- ヘッドホンはセッティング不要なので、買ってすぐ使える
しかし、予算に見合ったモニターヘッドホンを買おうとお店に行くと、そこに膨大な数のモニターヘッドホンが並んでいることに気づきます。片っ端からチェックしていきますか?それが正解のように思われますが、おそらく5機種くらい聴いたあたりでどれが良いのかわからなくなってくると思います。人によっては全部買って家で聴き比べてみたくなるかもしれません。でも、それは時間とお金の無駄です。
そこでこの記事では、失敗しないモニターヘッドホンの選び方と、確実に後悔させない機種を用途を明確にして紹介します。
レコーディング用、ミキシング用、トラッキング用。この記事を読めば、必要としているヘッドホンを素早く見つけることができるでしょう。
リスニング用ヘッドホンとモニター用ヘッドホンの違い
音質
リスニング用ヘッドホンとモニター用ヘッドホンの違いは明確です。リスニング用ヘッドホンは「聞き心地の良さ、音色の美しさ、快適性、芸術性」を目指しています。モニター用ヘッドホンは「正確性、分析性、録音に忠実な表現、技術性」を重視しています。
リスニング用とモニター用ではチューニングの意図がそもそも違うのです。そのため、リスニング用ヘッドホンをDTMで使おうとすると、ミキシングでは音の変化がわかりづらく、定位が不明瞭、トラッキングでは音のバランスが拾いにくい、レコーディングでは質感がわかりづらいといった弊害があります。
ただし、曲の最終的な完成段階でリスニング用ヘッドホンやイヤホンでどう聞こえるかのチェックは必要な工程になりつつあります。最近のリスナーはスピーカーでなく、イヤホンで音楽を聴くことが多いため、その聞こえ方に合わせることは、より多くのリスナーの獲得に繋がります。
- モニター用とリスニング用では音響設計意図が違う
- リスニング用は基本的に曲制作に使うことを考慮していない観賞用
- 曲の最終段階でリスニング用機器で聞くことは大事
保守性
リスニング用とモニター用のヘッドホンのさらなる違いは保守性、耐久性です。プロ用のモニターヘッドホンは一つのスタジオで長く使うことを想定しており、もともと耐久性を考慮して設計されているほか、故障してもすぐに修理できるよう、保守性の高い設計になっています。
リスニング用ヘッドホンは趣味用のものであるため、保守性はそれほど重視されていません。もちろんリスニング用だからといって売り切りでアフターサポートがないなんてことはありませんが、プロ用のモニターヘッドホンと比べて修理に時間がかかったり、在庫切れが多いという傾向があります。
こうした保守性の違いもDTMのメインヘッドホンにモニター用を選んだほうが良い理由の一つになります。
- モニター用ヘッドホンは保守性を考慮して設計されている
- 耐久性も高いことが多い
構造の違い:密閉型と開放型
モニターヘッドホンのハウジングには「密閉型(クローズド)」「開放型(オープン)」の2種類があります。ほかに「半開放型(セミオープン)」というのもありますが、それは開放型の亜種と捉えることができ、実質的に2種類と考えて大丈夫です。
それぞれメリットとデメリットがあります。
密閉型
スピーカー部分が外側に対して完全に閉鎖されている密閉型は、遮音性が高く、音漏れの心配も少ないため、外出時や周辺の環境音がうるさい場所、人の多い場所などでの使用に向きます。
密閉型は構造上、低域の再現度が高く、高域のディテールと拡張性には劣る傾向があります。結果として、音場表現が開放型よりやや狭く、音楽全体がスピーカーで聞くよりは少し重く聞こえる印象を受けるかもしれません。しかし、最近は密閉型でも構造を工夫することで高域の再現度を向上させている機種が多く、ほとんど欠点になっていません。
多くの場合、DTM入門者には使う場所を選ばない密閉型から最初の1台を選ぶほうが利点が多いでしょう。外出先などでも気軽に使えるためです。
- 密閉型のメリット:遮音性、低域再現度
- 密閉型のデメリット:高域再現度、音場の広がり、重心が低い音響構造
開放型
開放型ヘッドホンは、ハウジングの背面がメッシュ形状になっているなど開放されており、閉鎖空間で発生する不要な共振・共鳴を減らすとともに、よりスムーズな振動板の動作を可能としています。結果として、音の抜けが良く、ディテール再現度も高く、高域の細やかな表現を描き出すことができます。
欠点は密閉型に比べて低域が弱く、遮音性が低いことです。
開放型はディテール再現度、定位の表現に優れているため、ミキシング用トラッキング用を問わず、一線級の著名プロオーディオエンジニアはメインヘッドホンに開放型を選ぶことが多いです。不要な共振も少なく、音が聞き取りやすく、風通しも良いので蒸れにくく、長時間の使用に向きます。
スタジオに近い十分に静かな環境をプライベートに用意できる人なら開放型が優れているのは自明の理ですが、一般的な日本の居住環境では密閉型のほうが周囲の雑音などが気にならないので、より曲作りに集中しやすいでしょう。
- 開放型のメリット:高域再現度、音場の広さ、細やかなディテール、不要な共振が少なく快適
- 開放型のデメリット:遮音性、低域再現度
半開放型
厳密に言えば、開放型の亜種です。これは密閉度を調整することで低域再現度のバランスを取ったモデルで、そのバランスの取り具合により、開放型にかなり近いものや密閉型にかなり近いものがあり、ばらついているため、ひとくくりにするのは難しいです。
タイプ | 特徴 | おすすめ用途 |
密閉型 |
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開放型 |
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半開放型 |
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用途別:トラッキング用・レコーディング用・ミキシング用・マスタリング用
モニターヘッドホンの用途は、大きく分けると「レコーディング」「トラッキング」「ミックス」「マスタリング」の4種類があります。モニター用ヘッドホンは、レコーディングにもミキシングにも使えますが、各ヘッドホンの特徴を知ることでより正確なモニタリングが可能です。
レコーディング、トラッキング、マスタリング
レコーディングやマスタリングではモニターヘッドホンを使って録音品質や音源品質の確認を行います。この場合、重要なのは生楽器の質感と定位、そして臨場感が十分に録音に再現されているかです。さらにマイクのポップノイズやピアノペダルを踏み込む音などが拾えなければなりません。
このため、一般的にレコーディングでは低域がより正確に聞こえる密閉型が適していると言えます。周囲の環境音に影響されず、録音の音だけを集中して聞きやすい、ヘッドホンの音が漏れないという意味でも、レコーディング用には密閉型が有利です。
密閉型には高域で自然な倍音表現を実現しづらいというレコーディングに使うには固有の欠点がありますが、最近の機種ではこの欠点はだいぶ取り除かれています。クオリティにこだわるならば、最終的に細やかな録音品質の確認にはfinal A3000などの倍音表現に優れたイヤホンを併用するのが良いでしょう。
スペック面ではオーディオ機器由来のノイズが少なくなる低感度、高インピーダンスのものが向きます。ただしこの系統のヘッドホンは鳴らしにくいので高出力のアンプを必要とする場合があります。
なおレコーディング用モニターでクリッピングの確認をすべきという意見も一部にあるようですが、クリッピングの有無は普通、録音ソフトやオーディオインターフェースのモニター画面で視覚的に確認するはずなので、耳に頼ることはないでしょう。
- 遮音性が高く、低域が確認しやすい密閉型が良い
- さまざまな現場で使える長いケーブルのものが良い
- オーディオ機器由来のノイズを減らすため、低感度/高インピーダンスの機器を選ぶとよい
ミキシング
いわゆる「音作り」の部分に当たるミキシングでは繊細で緻密な分析力のある音が求められます。こうした要素は高域に存在するので、基本的に開放型が向いています。
しかし、開放型は遮音性が低いので日本の住宅事情などを考えると、曲作りには密閉型のほうが集中しやすい点もあります。環境と相談して使い分ける形になるでしょう。また低域の量感の確認は開放型では難しいので、低域の音作りでは密閉型やイヤホンに頼ることになります。
スペック面ではディテール感やトランジェントを正確に把握するために感度の高いものが求められます。ノイズを抑制するため、インピーダンスは多少高いほうがいいでしょう。
- 音質的には定位の正確性が高い開放型が良い
- 曲作りに集中しにくい環境では密閉型も必要
- 低域の音作りには密閉型かイヤホン必須
- 感度の高いものが良い
インピーダンスに注意
モニターヘッドホンは多くの場合、インピーダンスが高く設定されています。32Ωくらいであれば最近のPCなら直挿しでも問題なく使えると思いますが、それ以上になると、オーディオインターフェースやアンプの使用を考慮する必要があります。そのため、最初に購入するモニターヘッドホンは感度次第のところがありますが、64Ωくらいまでがいいと思います。
ただし、DTMをやっている、やりたい人はデジタルオーディオプレーヤーを持ち歩いているくらいの人が多いでしょうし、600Ωとかの駆動を考えない限り、インピーダンスはあまり気にしなくて大丈夫だと思いますね。
たとえば定格63ΩのSONY MDR-7506は私のスマホではまだなんとか使えます。フルオーケストラのようなダイナミックレンジの高い曲はしんどいですが、ポップスは普通に問題なく聞けますね。
装着感
DTMではヘッドホンを長時間使うことが多いので、装着感は非常に重要です。イヤーカップは大きめのものを選びましょう。また蒸れにくい開放型のほうが長時間使用に向きます。
おすすめ機種
ここでは入門用に最適なおすすめ機種をピックアップします。価格は安めですが優秀なものをチョイスしました。
Superlux HD668B
¥4,662
Superlux HD 668Bは、予算に限りのあるユーザーにとって最高のモニターサウンドを提供する台湾製スタジオヘッドホンです。このヘッドホンは、セミオープン型のエンクロージャーを採用しており、より開放的で大きく、自然なパッシブサウンドステージを作り出すことができます。また、余分なオーディオケーブルが付属しているので、もう一方のケーブルを紛失した場合にも便利です。
この製品は、ニュートラルなサウンド・プロファイルに、少しだけパンチとブームを加えています。中音域のバランスも良く、ボーカルやリード楽器の存在感、細やかさ、正確さが再現されていますが、歯擦音はやや明るめで耳障りに感じるかもしれません。軽量なプラスチックデザインで装着感も快適です。
- ミキシング、トラッキング、マスタリング
SONY MDR-7506
¥11,800
ソニーのMDRシリーズは、世界中のレコーディングや放送の現場で何十年にもわたって日常的に使用されており、スタジオでの確固たる実績を持っています。現行のMDR-7506は、快適性、実用性、価値を見事に融合させています。
そのサウンドは中高域のディテール感を重視していながら、低域も強調されることなく、深いところまで見通せるようになっており、音楽の全体像を鏡のように明らかにします。このヘッドホンがなぜロングセラーを続けているのか、そのサウンドが物語っていると言えます。
- レコーディング、トラッキング、マスタリング、ミキシング
YAMAHA HPH-MT8
¥23,800
YAMAHA HPH-MT8は正確な音を持ち、低音のレスポンスが良く、ステレオイメージがはっきりしています。価格を考えると、ミキシング用ヘッドホンとしては最高の製品だと思います。このヘッドホンのサウンドを一度聞いてみれば、そのディテール把握能力の高さに唸らされ、これを使って演奏や録音をトラッキングしたいと思うことでしょう。
非常に低歪で優れたディテールを持つサウンドは現状手に入るスタジオモニターヘッドホンの最高峰の一つと言って良いですが、提供されるサウンドに対して、値段が比較的割安に感じられることも人気の秘密でしょう。ビルドクオリティと機能性も優れており、高耐久性と使い勝手の良さも兼ね備えています。スタジオモニターに必要とされるほぼすべての需要を満たすことができます。
- レコーディング、トラッキング、マスタリング、ミキシング
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