2016年末ころから製品ラインナップが急激に増え、2017年にはSONY WF-1000Xという画期的な高級機種も出て活況を呈している完全ワイヤレス機種。今回は比較的低価格で入手可能な機種でこれまでレビューしてきたものをまとめて特集記事にしてみた。とはいえ、以前の個別記事の抜粋をそのまま並べてもつまらないので、新たに課題曲を設定し、それを聞き比べるという趣向でまとめてみた。
【低価格「完全ワイヤレス」モデル共通の特徴】
完全ワイヤレスモデルはいわゆる片耳イヤホンを両耳に付けたような音の傾向を示すものが多く、とくに低価格帯はワイヤレスモデルと比べても似通った特徴を感じる。
- 音の立体感が希薄で、平面的
- コードノイズがない
- 稼働時間が短めで機種による差がほぼ無い(電池容量に限界があり、高級機種でも2~3時間が標準)
- 低域は薄味
- 音はどうしてもシャリつく傾向にあり、機械的に感じられるかもしれない
同価格の有線イヤホンや無線イヤホンと比べると、外出時に音楽を雑音を気にせず大味で楽しむには問題ないレベルの音質だが、家でじっくり音楽を楽しむには不満を感じやすく、とくに3000円~5000円クラスの有線イヤホンを使っている人からすると、立体感の無さに違和感や不満を覚える人も多いかも知れない。低域も表面の爆発力はともかく、深さは出づらいので、ベースの深掘り感を重視する人には向かないだろう。
【課題曲】
課題曲は大好きな曲から一応曲調のばらけも考慮しつつ10曲選んでみた。それぞれにつき5段階評価で総合点を競う形式だ。課題曲の説明はやや長いので、面倒な人は飛ばして機種評価に進んでもらいたい。
【飯】飯島真理「天使の絵の具」
透明感と甘酸っぱさ、独特の艶やかさのある飯島真理の歌声が楽しめる一曲。名曲中の名曲「愛・おぼえていますか」の影に隠れがちだが、はねたりとんだりするところが少なく穏やかな傾向の曲なので、ボーカルのコケティッシュさではこちらのほうが上ではなかろうか。
【山】山野さと子「Tenderness 抱きしめて」
同じく透明感と艶やかな声調のボーカルが中心の曲。上の飯島真理よりのびやかさと明朗さがあり、セクシーさよりは健康性に傾いた声色。その分ボーカルの表現力の差が出やすい感じだ。なおファンタジー漫画の金字塔「ピグマリオ」のアニメ版ED主題歌である。OP主題歌「ドリームチェイサー」も名曲。
【TM】TM NETWORK「Still love Her(失われた風景)」
TM NETWORKの名曲の一つ。穏やかな曲調と優しいボーカルで胸に沁み込んでくる。ボーカルの重なりがうまく出て重層的になるかが評価どころ。
【MH】Martin Hurkens「You Raise Me Up」
マーティン・ハーケンスの声色が持つ、艶やかさとなめらかさ、色気が出るかが大きなポイント。
【れ】れるりり「神のまにまに」
「凛として咲く花の如く」や「回レ!雪月花」「夢見サンライズ」など、いろいろ悩んだが、和風リズムポップス枠として好きな曲を強引にねじ込んでみた。楽しいリズム感、とくにハイハットの粒感がうまく出るか。
【メ】メアリー・マグレガー「SAYONARA」
情感たっぷりの楽器の密度とやや寂寥感のあるボーカルの対比、その独特な音楽空間がうまく出るかで没入感がだいぶ変わる曲。
【fh】fhána「ムーンリバー」
なかなか多彩な表現で意外と楽しむポイントの多い曲。詳しくは「【特集】fhána「ムーンリバー」を有線イヤホン23機種で聞き比べ![第1回(1/3)]」を参照。
【KO】KOKIA「たった1つの想い」
KOKIAの透明感のあるボーカルと背景のバランスが問われる。イヤホンの空間的な感性が味わいに関わってくる。
【JB】Jim Beard「DIANA」
JAZZ枠。日経CNBCでお馴染み。アコースティックな楽器表現の空気感と密度感がうまく出るかで濃厚な風味の善し悪しが分かれる。
【MB】Matt Bianco「What A Fool Believes」
テレビCMでお馴染み。足場を形成するリズムパーカッションの精彩とハスキーでありながら張りも感じさせる深みのあるボーカル表現、管楽の色気がポイント。
【機種評価ランキング】
9位 TAROME X2T
- 通信性能が安定しない
- 音質の不満が大きい
音の傾向では、ギザギザ毛羽立っているのと、低域の軽さが気になる。装着感の不安定さ、通信性能のイマイチ感も気になる。初期のヒット商品だが、完全ワイヤレス機種が増えた今、敢えて選択肢に入れる必要は無い。
課題曲評価 | オススメ度 |
完全ワイヤレスの人気機種としてそこそこの評判があったので使ってましたが、丸い形状のハウジングが耳に引っかかって装着感がいまいちなのとケースから取り出す時の取りこぼしが多く、一度道路で落としてしまい、転がってしまってヒヤヒヤしたこともありました。音質面でもあまり良さを感じず、一部のスマホと相性が悪くて通信途絶しやすかったのもマイナスポイントでした。
8位 TAROME X3T
- 通信性能が安定しない
- 音質の不満が大きい
- コスパが悪い
X2Tよりは音質面での向上が見られるが、通信部分は基本設計が変わらないのか相変わらず不安定なところがある。価格面でX2Tに比べて1.4倍程度と割高になってしまっている。これを選ぶなら他の機種を選んだ方が良い。
課題曲評価 | オススメ度 |
この機種はどちらかというと比較用という感じで手を出した印象です。値段が一回り高めなので、どのくらい「違い」が感じられるだろうのかという素朴な疑問がありました。結局のところ、使い勝手の若干の違い以外はほとんどX2Tでした。
7位 TAROME tws-k2
- 通信性能はそこそこ安定
- 音質の不満が大きい
- 価格は魅力的
音の傾向では、若干の改善を感じるもののX2Tと大差なく、ギザギザ毛羽立つ感じと低域の軽さが不満点になる。一方で、装着感の不安定さ、通信性能のイマイチ感はだいぶ解消されており、価格もこなれているのでX2Tよりはこちらを選んだ方がお得そう。
課題曲評価 | オススメ度 |
TAROME製品の中でもコスパは随一でその点は美点です。音質的にも輪郭感があって実用的かなと思える製品でした。ただ音質は全体に魅力を感じづらく、デジタルなはっきりした音はやや得意そうでしたが、廉価だという点以外は没個性のように思えます。
6位 Lesoom T1
- 通信性能がやや不安定
- 中高域の清潔感は悪くない
音の傾向は清潔感があって、中高域はなかなかに楽しめるのだが、通信性能がやや不安定なために順位を低めにした。機器の相性もあるので、通信面については万人にディスアドバンテージとなるわけではないだろうが、低価格モデルは入門用・初心者用ということを考慮すると、トラブルの可能性は少ないほうがよい。
課題曲評価 | オススメ度 |
音質は清潔感のある感じで好感が持てるイヤホンです。完全ワイヤレスの中では音質は結構気に入ってます。課題曲で言うと「天使の絵の具」のボーカルの清潔感がなかなかによく出ていて、女性ボーカル向きの印象です。
5位 PZX PZX-45(BE8)
- 通信性能が安定
- 輪郭感が強いシャキシャキ
音の傾向は輪郭感の強い感じで比較的無難に楽しめる。奥行き感には乏しいが、バランス感覚の良さは感じ、価格的にもこなれていて手を出しやすい。完全ワイヤレス入門機としては目立った欠点がなく、そこそこおすすめ。
課題曲評価 | オススメ度 |
完全ワイヤレスの最大公約数的な音といった感じの印象です。輪郭感があってメリハリが出やすいが、情感には乏しいといった印象です。音質は少し硬い感じが目立ちますかね。通信も安定しており、装着感もよいので気に入って使っていた機種です。
4位 SoundPEATS Q29
- 価格が高め
- 突き抜けよく、高さの出るシャープサウンド
lesoom T1を磨き上げた感じの音質、使い勝手の製品。装着感はそこそこで通信性能の安定性もかなり高めだが、価格が圧倒的に高く、入門用としては手を出しづらい。この価格まで出すなら、完全ではない普通のワイヤレスイヤホンの良機種を買った方がよっぽどお得。それこそSoundPEATSのワイヤレスモデルに魅力的な製品はいくらでもある。
課題曲評価 | オススメ度 |
とくに高域の突き抜け感は良く、サビで高く伸びる女声ボーカルと相性が良さそうな印象です。使い勝手の面ではケースからの出し入れの時、カバーを開けた拍子に取りこぼしやすく、値段も少し高めなので取り扱いに神経を使う印象です。通信品質は安定度が高く、信頼できます。
3位 JEEMAK V12
- 装着感がよい
- 透明感があって万能に楽しみやすい音質
- こなれた価格
通信の安定性と装着感の良好性など、「使い勝手の良さ」と「音質面の無難さ」、「コスパの良さ」とバランス感覚に優れており、まさに「ザ入門機」といった感じの機種。これを選べばとりあえずガッカリ感を味わうことはないように思う。
課題曲評価 | オススメ度 |
現段階で総合的な使い勝手とバランスで優れていて、もっとも使いやすい機種です。耳へのフィット感も良く、目立たない小さいサイズなので装着時の違和感もありません。おしなべて欠点らしいところがあまりなく、死角がない機種です。音質的にも粗がなく、特別色気はないけれども、そつなく表現する優等生的な印象を受けます。
2位 AKPE Touch Two 2
- 通信性能ド安定
- アニソン向きのはっきりした音質
- 手を出しやすい価格
- 独特の操作性は使い勝手の面でやや損
タッチパネル式の独特の操作性さえなければ1位であったろう。完全ワイヤレスは構造上、耳元に操作インターフェースが来るので、完全に視界から外れたところで操作をするため、わかりやすい押下感のないタッチパネルは使いづらい。音質は単純で平面的な鳴り方だが明瞭。最初は違和感を覚えるけれども、慣れてくれば雑音のある通勤通学時では最適解に近いのではないかと思えてくる。デジタル的な、はっきりした音味の最近のボカロ色の強い曲なんかも得意。
課題曲評価 | オススメ度 |
タッチパネル式の操作インターフェースがかなり不満です。タッチパネルで利便性が高まるなら良いのですが、現状では使いづらさが増しているだけ。それを除けば音質面では結構気に入ってます。最初は音が近く、はっきり出過ぎていて、なんか耳元にそのままモノラルスピーカー付けてるような違和感があったんですが、外出時に使用していると耳が慣れてしまったというか、今度は逆に普通のワイヤレスイヤホンを付けると雑音に音が埋没して物足りなく感じられるところさえあります。これが良い音といえるかというとちょっと違うかなと思うところはさておき、ボーカル中心のわかりやすい表現になりやすいので、声を楽しむアニソンにはもってこいです。通信性能の安定性も高く、同じ部屋なら音響機器と距離を取っても途中で音飛びなどせずに聞けます。完全ワイヤレスの自由さを感じさせてくれる製品です。課題曲でははっきりした声の傾向や曲の傾向のある曲の味わいに優れています。反面、ボーカルもまっすぐ出やすく、弦楽などの余韻もパーカッションに埋没しがちなので、情感に訴えかける傾向の曲はやや苦手ですね。
1位 SoundPEATS Q16
- 低価格モデルは頭一つ抜けた音質
- 通信性能も安定
- 価格も頭一つ抜けて少し高め
- 形状がゴツく、大きめ
音質面でのコスパを考慮して1位。入門機という目線では若干高めの価格や万人向きではないゴツイデザインと操作性が気になるが、音質あってこそのイヤホンということで選ぶとしたらこれ。入門機としては3位のV12に、総合的な使い勝手では2位のTouch Two 2に劣るところもあるが、音質面での評価は低価格モデル随一。完全ワイヤレスの低価格機とは思えない、色気のある中高域は魅力だ。
課題曲評価 | オススメ度 |
音質面では普通のワイヤレスイヤホンに対抗できる「色気」を出せる唯一の低価格完全ワイヤレス機種といった感じです。一方でやや大きめで装着してもしっかり「ついている」存在感を感じやすく、操作インターフェースも側面にあって細かく、独特の使用感は好みを分けそうです。ワイヤレスモデルの延長線上に完全ワイヤレスを使いたいと考えている人にはワイヤレスモデルっぽい使用感で音質面での落差も感じにくいので、ベストバイに近いのではないかと思います。
【総評】
もし初めて完全ワイヤレスを選ぶのに迷ってこのページを見ているなら、「JEEMAK V12」が圧倒的におすすめだ。価格・音質・操作性・通信性能のバランスが良く、廉価で手に入れやすく、後悔することはまずないだろう。音質面で少しでもよいものを検討しているのなら、「SoundPEATS Q16」か「AKPE Touch Two 2」がおすすめだ。どちらも操作性や装着感、使い勝手にクセがあるものの、音質面での満足度は相対的に高い。
しかし完全ワイヤレスにただ興味があるという程度なら、現状では完全ではないワイヤレスモデルをおすすめする。音質はワイヤレスモデルのほうが選択肢が多く、自分好みのものを見つけやすいはずだ。
【関連記事】