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【コラム】エイジングに効果は無い。少なくとも科学的にはイヤホンのかすかな物理的変化が音楽に大きな変化をもたらすとはいえない

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 オーディオの世界を少し覗くと、よく耳にする言葉に「エイジング(あるいはエージングのほうが一般的かも)」という言葉があります。この言葉は新品のイヤホンはそのままでは良質な音を鳴らすことが出来ず、一定程度時間を掛けて音を鳴らし続けて熟成させた後でようやく本来の、あるいはより改善された音質を鳴らすことが出来るという考え方です。この考え方を主張するのは大抵コアなオーディオファンを自認している人たちであり、またオーディオコミュニティでは大抵こうしたコアなオーディオファンに大きい発言力があるので、この「エイジング」という概念は数十年以上オーディオコミュニティを支配し続けています。

 しかし、率直に言って「エイジング」には実質的な効果はほとんどないと考えることが出来ます。これは単純に脳科学・心理学的研究に依拠すれば、音楽を聴くとき、人は聴覚に100%依存しているわけではないことから明らかであるからです。人間は聞こえる外の音をそのまま認識しているわけではないのです。仮にわずかな物理的特性の変化によって聴覚で認識される音が変化したとしても、そこから音楽として認識される体験は、いまだ解明され尽くされてはいない複雑なプロセスを辿って実現されていることが科学的には明らかにされています。ShureやJabraといった一流オーディオメーカーのサウンドエンジニアも現状では、オーディオファンを刺激しないような言葉を選びつつ、エイジングをやんわりと否定しています。

長年研究してきましたが、私たちは未だにエイジングについて確信は得られていません。 ― Matt Engstrom(Shureのモニター製造部門責任者)

Please Stop 'Burning In' Your Earphones | WIRED」より。

結論はクレイジーなものになります。もし、エイジングがあなたに大きな影響があると考えるなら、どうぞ続けてください。それでイヤホン製品が台無しになることはありません。最終的にそれでごくごくわずかに良く聞こえるかも知れません。エイジングを気にしない場合はそのまま気にしなくて良いです。新品の製品で音楽を楽しんで下さい。―Jabra 公式Blogger

Headphone burn-in: Fact or fiction? · Jabra Blog」より。

 

 もちろんこれらのエンジニアたちの声より実際に製品を使っているコアなオーディオファンの声のほうが真実味があると考える人もいるでしょう。それは自由です。

 エンジニアたちは製品を年単位で使い続けてでも音質がほとんど変化しないことを諒解しており、とくにバランスドアーマチュアのような細密なドライバーでは、経年によるそんなわずかな物理的変化より個体差のほうが大きい可能性を知っていますから、楽しみを邪魔する野暮なことはしません。コアなオーディオファンは彼らにとって重要な顧客ですから。

 エイジングによるイヤホン機器の物理的変化がどれだけ微々たるものかについては上記に引用した記事からのリンク先だけでなく、以下の記事も参考になるでしょう。

www.tested.com

www.cnet.com

 

 なんとなく否定的意見ばかりになってしまうといけませんので、エイジング肯定派のe☆イヤホンさんのブログ記事も以下にリンクしておきます。

e-earphone.blog

 

脳は聴覚情報で音楽の全てを理解しているわけではない

 こうした問答に結論をつけるためには、私たちの脳がどのように音楽を聴いているかに注目する必要があります。そもそも私たちの脳は聴いたそのままの音を処理して音楽として認識しているわけではありません。このことは単純に音楽を人が楽しむときに、聴覚野だけが反応しているわけではない*1という脳科学的データからも充分にわかります。

gigazine.net

 

 別の面白い実験もあります。チェロは演奏時、音と音の位置が遠く離れている楽器ですが、一流のチェリストたちを集めて指の正確な位置を測定する特製チェロを用意し、彼らがどれだけ正確に音楽を演奏しているかを測定する実験が行われました。この実験では、チェリストも専門家も彼らが完璧にメロディーを演奏したと考えましたが、測定結果を見ると、一流チェリストの指の位置は正確でなく、その音も一定の周波数をもっておらず不鮮明で、厳密には調子外れなものでした。このことは、人間の感覚器官は完璧に正確なわけではなく、実際は脳が適度に補正を加えて情報処理を施していることを示しています*2

 同様に「d」と「t」の発音の違いについての面白い実験もあります。「d」の音を「t」に徐々に近づけていって、その変化をどう人が認識するかを測定した実験ですが、「d」→「d?」→「?」→「?」→「t?」→「t」というように間に「d」とも「t」ともつかないような不鮮明な音を流したにも関わらず、被験者は「d」→「d」→「d」→「t」→「t」→「t」というようにあいまいな音の変化を無視して認識しました*3

 こうした実験結果を踏まえると、ドライバーの経年劣化、つまりエイジングによる微細であいまいな物理的変化をそのまま聴覚的に認識できるとは、にわかに考えられません。

 それともコアなオーディオファンの音の認識能力はあいまいな音の変化を専門家以上に微細に聞き分けられるのでしょうか。この点については、1000hzと1002hzの純音どうしの微細な差を聞き分けるといったことは素人でも訓練すれば可能になることがわかっています。しかし、音の差を認識できることと、その差を記憶できることは別次元の話であるということに注意する必要があります。1977年のジェーン・シーゲルとウィリアム・シーゲルによって行われた実験では、高度な音楽訓練を受けてきた学生を相手に13個の音のうち3個以外はすべて音程をずらした音楽を聴かせましたが、その違いを学生たちはほとんど聞き分けることが出来ず、正確な音楽として評価しました*4

 

エイジングとは宗教

 はっきり言って、私はエイジングについて、劇的な効果が得られるというのは期待バイアスがかかっているか、エイジングという行為を行うことで、コアオーディオファンは脳科学的な情報の処理過程で何らかの生理的変化を体験しているかのいずれかといった印象を受けます。これまで示したように、音楽を聴くというのは単なる聴覚行動ではなく、脳全体で情報処理が行われており、その過程で音の物理的特性のあいまいな部分は加工されて無視されます。この過程を総合的に眺めると、エイジングの効果はイヤホン自体の物理的変化よりはリスナーの内的変化に依存度が大きいように思えます。

 私個人の意見としては、エイジングは一種の宗教みたいなものであり、文字通り「信じる者だけ救われる」類いの話です。

 

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*1:齋藤寛『心を動かす音の心理学 ― 行動を支配する音楽の力』ヤマハミュージックメディア, 2011年, 「音楽は脳全体を刺激する」

*2:ジョン・パウエル『ドビュッシーはワインを美味にするか?――音楽の心理学』早川書房, 2017年, 「調子外れのピッチを脳が理解する方法」

*3:前掲書, 「音のカテゴリー化」

*4:前掲書, 「音のカテゴリー化」