昨年12月20日に発売されたSENNHEISER MOMENTUM True Wireless(MTW)ですが、このとき販売された初期ロット品のあとは入荷が安定しておらず、通販サイトや量販店でも1月下旬から2月以降に入荷予定と実質的な在庫なし状態が続いております。手に入れたくても入手手段がない、そんな状況ですから、じゃあなるべくMTWに似た機種でもいいから手に入らないかと考える方がいらっしゃるかもしれません。代替機種で満足できないかという話です。
私のブログでは以前、欧米の専門家によるMTWの代替製品を紹介する記事を掲載しましたが、今回は私自身が音質的に、MTWとほぼ同等か匹敵すると評価する2機種を取り上げて、実際どこまで代替可能なのか、違いはどの程度あるのかということについて紹介いたします。そして比較によってMTWの音質の魅力をより綿密に明らかにして、皆様のお役に立てたいと思っています。もちろんMTWの個別レビューの前に私自身がその音質をよりよく理解しておきたいという目的もあります。
- MTWに音質的に(価格的にも)匹敵する2機種
- 【音質比較】MTW vs B&O E8
- 【音質比較】MTW vs M&D MW07
- 【総評】3万円超えの高級完全ワイヤレスイヤホンはコスパが悪い
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MTWに音質的に(価格的にも)匹敵する2機種
B&O E8
MTWの代替案として最も使い勝手が近い製品として挙げられるのが、このBang & Olfsen E8です。Bang & Olufsenはデンマークの高級ラグジュアリーオーディオメーカーで、SENNHEISERとはこの分野で競合関係にあり、SENNHEISERがMTWを設計した際におそらく最も参考にし、競争相手として意識していたのがこのE8ではないかという話はまことしやかに語られています。ラグジュアリーな高級感のあるケースや本体のデザインはMTWと共通性が多く、音質的にも音場の広さを重視している点が共通しています。
あくまで私個人の印象ですが、このイヤホンには高級スピーカーを部屋で味わうような音質を目指しているコンセプトの音質設計を感じ、MTWも同様に音場を重視した印象を受けるので、音質的には両者ともに高級オーディオ好きな年配の購買層に好まれそうな雰囲気がある点は共通しています。
Master&Dynamic MW07
アメリカのラグジュアリーオーディオブランド、Master & DynamicのMW07はMTWが登場するまでは、多くの批評家にとって完全ワイヤレスの音質評価でNo.1を飾るにふさわしい機種とされていました。どちらかといえばラグジュアリー性を重視した製品のため、使い勝手に対するコスパの悪さが欠点ですが、音質面でMTWに匹敵する機種の筆頭として挙げられることが多いのは事実です。
ただし、B&O E8と比べると、同じ高級感を出すという目標は同じでもMTWとはラグジュアリーデザインの方向性が異なり、そのまま置き換えたようなデザインとは言い難いです。このデザインをかっこいいと思う人がいる一方、無駄に重い充電ケースと独特のイヤホンプレートのデザインに、成金っぽい派手好みを感じる人もいるかもしれません。
今回私はそれぞれのイヤホンについて、3曲ずつ選んで詳しく比較しました。採用した曲は完全に私の趣味です。
【音質比較】MTW vs B&O E8
渕上舞「グラヴィティ」
個人的な意見を言えば、MTWはあまりテクノ系やエレクトロダンス系の音が得意でないように思います。率直に言って高域の発色はあまりよくありませんし、音が膨張するところがあるので見通しはそれほどよくなく、緻密感に欠けます。高域の表現の傾向もエレクトロ系の精彩を強める透明感よりは、アナログな金属光沢のある材質感を表現する方が得意なようですし、音の滑らかさもそれほどつややかではありません。しかしこうした音質特性はE8にも見られるところがあります。
[MTW]:低域ドラムの量感はよく、柔らかい弾みで下から調和的な音場を作り出します。金属表現の光沢感はリアルさを感じさせるほどに精彩が乗っています。ボーカルはやや遠めに聞こえて楽器音に包まれて一体感があり、ふっくらとした厚みのある温和な声色です。
[E8]:低域ドラムの調和的な雰囲気はMTWに似ています。しかし表面の弾力感が異なり、ドラム表面の衝撃力が強めに感じられ、MTWよりはメリハリ感があって、やや攻撃的に感じられるかも知れません。ボーカルはMTWに比べて近いです。金属光沢はMTWよりもさらに強調されており、エッジが強い、尖りのあるリズム感で聴かせます。MTWより各楽器の自己主張が強く、楽しいところはありますが、聞き疲れはしやすいです。
ずっと真夜中でいいのに。「脳裏上のクラッカー」
私の個人的な分析では、この曲にはドラムスを中心にしたロック成分とピアノを中心にしたJAZZ成分が混じり合っており、大抵のイヤホンではどちらかが強調されて表現されます。そのため意外とイヤホンによって印象が変わる曲です。
[MTW]:低域の厚みがしっかり出て、重厚感では明らかにE8より勝ります。ボーカルがやや奥まり、それを包む楽器音も全体的に色味が抑えられいて、世界観的に暗いところは感じられます。個々の音は空間への膨張感があり、スカスカしたところなく空間を埋めるので充実感はあります。どちらかというとJAZZ成分の高い濃厚味を前面に出した表現になっていると言えます。
[E8]:音のエッジ感と張りはMTWよりよい印象で、全体的にMTWよりは元気な印象です。MTWのふっくらしたボーカル表現に比べると、ボーカルの息感を強調してシャープに聴かせようという傾向はあり、音量によっては刺さり気味に聞こえるかも知れません。低域ドラムは表面の輪郭感が強く、硬質なリズムを作るうえ、シンバルの金属光沢も尖った明るみの強い色彩で鳴らすので、攻撃的に聞こえます。この攻撃的なシンバルは自分から周りの音に絡みにいくような喧嘩腰なところがあって、とくにシャープなボーカルとは時々混濁して一緒に刺さってくるように聞こえやすいです。こうした攻撃性はこの曲の中に秘められた味わいでもあるので、剥き出しにして楽しませてくれるという意味ではポジティブに評価もできます。E8を聴いたあとには、MTWが良いにせよ悪いにせよ、曲の攻撃性を減じて調和性を押し出す傾向があることを悟ります。
花澤香菜「ざらざら」
私の評価では、こういうウォームで厚みのあるような曲はMTWの得意とする分野です。穏やかで厚みのあるピアノ、ヒステリックさのない色味を抑えた情緒安定感のある弦楽表現なんかMTW向きです。
[MTW]:全体的に音に優しい膨張感があって、耳当たりがよく、期待通りの調和的な音楽空間を作ってくれます。ただしボーカルはふっくらしていますが、透明感には欠けているので、場合によっては暗く感じるかも知れません。ドラムは温かみのある音で、弦楽も穏やかにたゆたう音色で温度感に貢献しています。全体的に濃厚な調和性を感じさせるウォームなリラックス空間を作り出しています。
[E8]:弦楽の発色が明らかにMTWより明るく、ドラムの爆発力も強めで、リズムや曲の色合いはMTWより元気で快活です。ボーカルはかなり息遣いが強調されて刺さりやすいところは出てきますが、メリハリ感が増してスリムに聞こえてくるところはあり、MTWではあまり感じられない爽快味があります。シャキシャキとした歯ごたえとすっきり感のある爽やかな後味が感じられるようになっており、見通しはMTWよりよいです。
【結論】MTWは情緒安定感が高いが、面白味がないところもある
MTWとE8を比べると、E8のほうが場合によって曲の攻撃性を素直に表現しようとする傾向があり、情緒安定感に欠けるように感じられます。そうするとMTWのほうが聴き心地が良いように思うかも知れませんが、裏を返せば、MTWの音には面白味のない味のはっきりしないところもあって、老成しすぎている印象を与える音の鳴らし方をする癖があることも事実です。MTWには音のエッジの面取りを熱心にするようなところがあって、それが音の濃厚さにつながっているわけですが、悪くすると音の個性やメリハリ感を失わせてしまうところがあります。
まとめ
- 音場の広さは拮抗
- 音の調和性はMTWが優れる
- 音の厚みはMTWが優れる
- 音のエッジ感はE8が優れる
- 音の発色はE8が優れる
【音質比較】MTW vs M&D MW07
TVアニメ「やがて君になる」ED「hectopascal」
E8との比較での課題曲、渕上舞「グラヴィティ」でも述べましたが、私はMTWのエレクトロダンス系の曲の表現力を高く評価していません。発色の悪さと緻密感の出なさ具合は致命的とさえ思っています。
[MTW]:落ち着いた発色で音のシャープ感を抑えつつ、厚みを出して重厚感を感じさせます。元来明るめの色調を感じさせる曲なので、MTWの発色の悪い表現の仕方でも、だいぶ明るく聞こえて暗い印象は受けません。この曲の表現は、低域付近にリズムを集めつつ、中高域に緻密な音をばらまくような、音に役割分担がはっきりした、分離感のある曲調なので、MTWの近くの音をまぜこぜにしてしまう悪い癖は目立ちません。むしろ厚みのあるリズムと細かな煌めき感を与える演出音の緻密さをMTWはよく拾っており、その2つが両立されてしかも一体感がある感じで聞こえます。ボーカルは空間を埋めるようにふっくらして温もりと充実感のある声色で、聴き心地が良いです。
[MW07]:MTWに比べて音は全体的に近く、音場の印象は狭いです。高低感の表現の傾向としてはMTWに似て厚みのある低域を存分に生かそうとする感じですが、輪郭感はよりはっきり、色味も明るく、なめらかささえMTWに勝ります。全体的に音が近いせいか、背景音の緻密さや奥行き感を味わう前に、ボーカルと低域が前面に出てきてそれらを覆い隠してしまう見通しの悪さがあり、圧迫感を感じさせるところはあります。全体的な印象としてはMTWより若々しく、元気で楽しいです。
TVアニメ「 やがて君になる 」エンディングテーマ「 hectopascal 」
Choucho「優しさの理由」
繰り返しになりますが、MTWはお世辞にも発色が良いとは言えないし、音のエッジのシャープ感はわざと削ぎ落としているかのような傾向がありますから、この曲のような元気で明るいスピード感のあるロックサウンドには向かないと思っています。
[MTW]:ピアノと弦楽の発色は抑えめで、相対的にボーカルが浮き上がってよく聞こえます。全体的に音の色味が抑えられた中で、シンバルの金属光沢のシャリ味だけはやたらと精彩よく聞こえるので、シンバルの奏でる金物のリズム感がMW07より目立つ感じで、明るく元気なロックというよりは少し大人びた、JAZZっぽい印象を受けるところもあります。ボーカルの声色も明るさは抑えめ、声質は少しドライに聞こえてハスキーな感じもあり、単純に楽しく聴かせる感じではありません。
[MW07]:ピアノに充分な厚みがあり発色も良く、弦楽も同様に厚みと光沢感に優れています。ドラムも膨張感と地熱感が出ていて、優しく暖かで調和的な雰囲気で心地よいです。ボーカルだけは少し楽器音に埋もれて聞こえるところがあり、人によっては息苦しく感じるかも知れませんが、声色は明るくも太さが一定程度あって力強いです。快活なガールズロック色を思う存分表現する秀逸と言って良い聴かせ方です。
ヨルシカ「冬眠」
重厚感のあるロック曲で、少し暗い世界観の曲でもあり、厚みのある表現が生きる曲でもあります。そういう意味ではMTWとMW07双方が得意とする傾向の曲です。
[MTW]:予想通り重厚さを前面に出したような鳴らし方をします。厚みのある暗い音の中で、シンバルだけは元気よく粒感もしっかりした明るい色彩を持っており、浮き上がります。元々発色は暗めの曲ですが、MTWで聴くと、なおさら暗く聞こえるところがあります。厚ぼったい低域が支配的になって黒みを出し、背景の暗さはより強いです。その分濃厚で大人びた印象はあって、ボーカルもかなり下の方に厚みのある重厚な声色に聞こえます。
[MW07]:音の輪郭感と張りは明らかにMTWより一枚上手です。そのためメリハリ感のあるロックらしい感じが出ており、MTWはなんだかぼんやりして暗かったのと異なり、リズム音が快活で元気な印象を与えてくれます。とくにドラムの肉感は明らかにMTWより上で、弾力も強く、下から音を上方向に反発させて明るい力強さのある躍動感を音場に加えています。一方でシンバルは相対的におとなしい印象で軽めに聞こえます。この曲本来のロック色を出して、楽しく聴かせてくれます。
【結論】MTWの音はじじくさく思えることもある
MTWとMW07を比べると、ゆったりした音場を確保してから音を鳴らしていくようなMTWと、個々の音の発色を優先して音場を狭くしても詰め込もうとするMW07の、発想の違いが鮮明になります。明らかに若く、楽しい音を奏でるのはMW07で、高低バランスはMTWと変わらない印象を受けますが、音の輪郭感や発色に優れて、とくにロックやエレクトロ系の曲に強みを感じます。しかし音場は狭くて窮屈なところがあるのは事実で、それに比べると、MTWはリラックスして聴かせる音の鳴らし方をするので、聞き疲れしにくくはあります。
まとめ
- 音場の広さはMTWが優れる
- 音の調和性はMTWが優れる
- 音の厚みは拮抗
- 音のエッジ感はMW07が優れる
- 音の発色はMW07が優れる
【総評】3万円超えの高級完全ワイヤレスイヤホンはコスパが悪い
で、聞き比べて真っ先に感じたことを言えと言われれば、一言目に出るのは「どれもコスパ悪すぎ」、これに尽きます。たしかに2万円クラスの完全ワイヤレスに比べて相対的に音は良いとは言えますし、プロレビュアーはその点、この音質を認めなければならず、むしろプロレビュアーほど魅了され、この音質に賞賛を送るのはわかります。しかし、これらの高級機種は使い勝手においては、格下機種に劣るところも多いですし、価格差以上の音質差があるとも思えません。むしろ音質を求めるなら、高性能化している1万円台のワイヤレスオーディオレシーバーに2万円クラスのイヤホンをつないで聴いた方がよほど満足できます。個人的な感想としては、現状で完全ワイヤレスイヤホンに3万円以上出すのは得策ではありません。
とはいえ、それでは身も蓋もないので、この記事のまとめらしいことを書くと、MTWはプロレビュアーが言うほど音質的にずば抜けているわけでもなく、人によってはMW07やE8のほうがより面白く、気持ちよく音楽を聴けることも多いだろうということです。そしてそれはおそらくロックやエレクトロダンスミュージックを聴くような年齢の若い人ほどそう感じることが多いでしょう。MTWの音はJAZZやクラシックには向くかも知れませんが、少し老成しすぎて面白味のないところもあり、また装着感も人によってはすっきりいかないことが多いようなので、買う前にはよくよく冷静になって選んだ方が良いです。MTWはプロレビュアーが絶賛するくらいの音質があることは事実ですが、それは決して万人向きではないということです。
MTWの代替機としてE8とMW07はどうかというこの記事のもう一つの主題については、これらはMTWではないし、MTWと完全に代替可能ではありません。どちらかといえば、音質傾向がより似ているE8のほうが使い勝手さえも似ているので、代替機としてふさわしいように思えますが、MTWが本当に好きなら妥協せずにMTW一筋で行くのが良いでしょう。MW07は音質傾向で似ているのは高低バランスくらいで、ほとんど別物ですから代替機とはなり得ません。MW07に関しては曲の得意ジャンルがMTWとそもそも異なるので、購買層も厳密には被らないんじゃないかと思います。
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